第25話 妹の旅立ち
三年半という長い闘病の末、妹のF子が帰らぬ旅にたった。
六人だった兄弟姉妹も三人になり心に穴が開いたような寂しさをおぼえる。
でも脳梗塞で倒れてから口も利けず寝たきり、ビニール管で生かされる苦しい三年半という生活から開放され、そして旦那様のあの世への旅立ちも知らずに後を追うような最後に俺のほっとした感情が悲しみを薄らげた。
この妹を旦那が介護をしていたのだが八十二歳という高齢の旦那で、その疲れから倒れ故人となった。
妹の旅立ちはそのわずか一週間目の出来事であった。
俺はペンションの仕事を次の日の夕方に終わらせ自宅に戻り、礼服と下着だけをトランクにつめて、大阪に飛んだ。
大阪の門真市駅からタクシーに乗ったがこんなに軽いトランクなのになぜか運転手は親切に下りてトランクを車のトランクに入れてくれた。
妹の自宅は二年前に行っただけのうろ覚えで(その後病院には二度行っているが)打越町四番地という住所だけを頼りに運ちゃんと探す。家族葬なので葬式の看板などは無いのだ。
そのうちに八番地まできて通り過ごしたことに気がつくがUターン出来ない細い道でそこでよいと、俺はあわてて車を降りたが俺も運ちゃんも場所探しに気を取られトランク受け取りを忘れた。
もうすぐ坊さんが来るというきわどい到着にあわてて礼服に着替えようとしてトランクが無いのに気がつく。
あんなに小さい荷物をトランクに入れるのが悪いと自分の不注意なのに運ちゃんを恨んだりした。
しかも時間が無く慌てていたのでタクシー会社の名前も覚えてなく、領収書も受け取っていない。万事休すだ!
門真市は大きい、駅タクシーもいろいろ入っており大変なのに、妹の娘、孫など三~四人がかりで電話を掻けまくる。
もうすぐに坊さんが来るというのに!ネクタイだけ貸してもらう。そのネクタイは一週間前に旅立った旦那様のものだったので旦那の霊もネクタイに乗り移ってお祈りしただろう。
俺はトランクをあきらめていた。それは駅には流しの個人タクシーもあり、しかもそのトランクに
限り日帰り旅用の名札を付ける場所も無い簡単な構造のものだ。だから名札なし。
以前パリからイタリアに旅をしたとき次の目的地オーストリーにトランクを鉄道便で送り、小型のザックに着替えだけ入れて軽装でイタリアを回り次のオーストリーに、
しかしパリからの鉄道便は着かず紛失。
そのあと軽装のザックだけで一ヶ月旅を続けとても楽な思いをしたことがあり、かえって今回は手ぶらで帰ることが出来るとさばさばした思いであったのだ。
しかしこんな不届きな思いをしている俺なのに、火葬が終わってから門真市駅のタクシー乗り場に出かけて一台ずつ尋ねてくれて、その執念が実りついに見つかったのだ。
これは草むらに落とした鍵を探すようでこんなに忙しいときに大変な迷惑をかけてしまったと、
恐縮した。
電話ではこの事はオカーちゃんには言わなかった。
それは長々とお叱りの小言をいわれ長電話になるのをおそれたからだ。
でも皆さん信じてください数多くの海外旅行にも荷物など忘れたりなくしたことはないのです。
あわてたのと国内という気の緩みかな?
でも自宅に戻ってこのことをオカーちゃんに話したがお叱りの言葉はなかった。
ペンションの仕事をしてすぐに出かけたので疲れてそんなこともあるのかな?と同情してくれたのだろう。
でも俺のことを好きな貧乏神のいたずらだと思っている。
死神に好かれるより良いと俺は思うばかりだ。
なぜならば女の平均寿命より早く旅立った妹の分も長生きしなくてはならないからだ。
でも心配事はあるのだ。
それはタクシーのトランクを尋ねまくり連絡先まで言ってあるので不明の荷物がタクシーにあるたびに打越町のYさん宅に電話がかかっていくのではと気がかりです。
かさねがさねごめんなさい。