第26話 旅の貧乏神(厄病神)は死神ではなかった
平成二十二年の旅は三つの海外一人旅を計画した。
二月にエジプト、五月にはインカ古墳マチュピチ、七月にはスイス山岳トレッキングだがツアーと違い個人旅行は事前の膨大な資料調査と宿と交通網の手配が要る。
大変だけどこれが旅の始まりで一番たのしいところで旅先の事情、情報が得られる
などメリットも多い。
例えばマチュピチはツアーでは都会のクスコに泊まり日帰りでマチュピチに、
滞在はわずか数時間という有様、一番込み合う時間帯にちょっと見るだけのお疲れ旅だ。
個人旅行ではツアーより割高にはなるがマチュピチ村に二泊して朝晩人のいない
遺跡の静寂の中で数千年前の人々の暮らしに思いをはせるという魂が洗われる
ようなツアーでは得られない旅を満喫できるはずだった。
ところが二月末に大雨がマチュピチ付近を襲い、クスコ~マチュピチの山岳鉄道が寸断されたとのニュースがTVで流れた。
もはや雨季は終わり安心の乾季を選んだはずなのに
天候不順、地球温暖化のたたりは南米まで及んでいるとみえる
旅は五月中旬、それまで鉄道は直るのか?
さっそくメールで問い合わせた。
以前はメール文体を作るのに四苦八苦したが、今は日英翻訳ソフトという
ありがたいものがある。
しかし帰ってくる返事はいつ復旧するかわからないという漠然とした
南米人特有なのんびりした話だ。
四月末に線路は三十数か所の破壊されている場所があり復旧は
今年中には終わらないとの具体的なメールが入り、 この旅をあきらめることにした。
航空券キャンセル料が発生するぎりぎりの二週間前のことである。
で!二月のエジプトはどうなったか?
旅の準備も万全、スフインクスとピラミットをぼーと見てくるだけの旅に
ならないように事前のエジプト情報をインターネットで集めまくった厚い資料も
できた一月末車を運転すると道路の白線(横断歩道、中央分離線)が
やけにまぶしい。以前も起きた目の病、虹彩炎だ。
旅出発まで直ることを期待しながら目医者に通い続けたが、
光の強い、乾燥した、砂塵などもある目に劣悪なところに
通院治療もせずに行くのは失明につながるとの医者の脅しに、泣く泣く
出発二日前キャンセル、四割しか戻らなかった。
俺は、ああ とほほ! 貧乏神はイッヒッヒ!と笑う。
それで三回目の旅は(散々な十一回目のスイス旅行)にあるように
貧乏神に散々もてあそばれた旅であった。
立案した三回の旅のうち二回もポシャッタので金が余った。
年金でそこそこに食えるので貯金になどの発想はない。
健康な体あっての旅なのでこの剰余金で健康診断を受けることにした。
ほどんと全身のガンを発見できる最新医療のPET検診だ。
十一月にこれを受けたが大腸にでっかいガンが見つかった。
直径四センチのガンは腸をふさぎ腸閉塞寸前、もう少し遅れたら命は無かった。
大腸がんなど町の検診はすべて受けており安心していたが
医者に聞いたらガンでも腸に出血が無い人も二~三割いるとのこと。そんなこと知らなかったよ!
旅がすべて成功していたなら俺は今頃手遅れで長い帰れないあの世に
旅立っていたであろう。
貧乏神(疫病神)も俺をからかいながら旅を続けさせてくれるお助け神であり
死神ではないようだ。