第14話 小便入りの水で
これは若い頃のはなしですが!
五月の連休だった。立山にテントを張って剣岳をねらった。ところがこの時、ものすごい嵐となり、全国で十数件の遭難があった。
俺のテントを張っている近くでも、テントごと風で谷に飛ばされた女子大生の遭難がラジオで伝えられた。
風を防ぐ雪のブロックを充分に作らないと、このような事になる。しかしそのブロックも強風に削られ痩せ細って崩れ、テントが風で激しく鳴る。
交代で外へ出て、ブロック作りをやるが、スコップに風をまともに受けると雪の上に吹き倒される。
こんなときは食事も一日二食にして、空腹を紛らわすために、寝袋に入って、山の歌の歌詩を変えた変な替え歌を次から次に考えて歌う。テントで数日こんなことをしていると、頭がだんだんバカになる。
吹雪いているのでテントの入り口から立ち小便をすることになるが、右が食料用の雪、左が小便と決めても、だんだんどちらがどうか分からなくなり、適当に真中にする。
もちろん吹雪でどこでもすぐ白くなって例の黄色い小便穴等は見えない。しかし飲料水の雪のとこるでやっているかも?真中では小便は風で左右になびくのだ。
テントは黄色で水も気のせいか黄色く見え、溶した雪で作った水は、なんか上にアブクまで出ている。それは小便のアブクに似ている。
三日目の昼、少し風が息をするようになった。(時々風が止むようになること)
そこで俺は近くにある山小屋の温泉に入りに行くことにして、同行するものはいないかと聞いた。
寝袋から出て吹雪の中、行くのがいやなのだろう、行く者はなかった。
十分位テントから首を出して温泉小屋を探す。ガスの間から瞬間、小屋が見えた。
緩い下りだ。俺は斜め前から来る風を頭にいれて、方向を修正しながら磁石で小屋をめざす。温泉は熱く、スコップで雪をいれて温度調節をする。
久しぶりの風呂は気持ち良く、ルンルン気分でビンのビールを一本土産に、追い風だったので迷わず磁石をたよりに無事テントに戻った。
ところがS、Kの二人が俺の後を追っていったとのこと。無事に行けたか心配になつた。心配は本当になった。
タ方になっても帰って来ない。テントから時々大声を上げてみるが、風の音に吹き消されてしまう。
薄暗くなって、やっと二人は帰ってきた。聞いたら俺の踏み跡をたどれば容易に小屋に着けると思っていたそうで、案の定、風に流されてコースをはずした。
それに猛烈な吹雪、踏み跡などすぐ消えてしまう。それでも小屋に向かって下ったので、テントヘ戻るべく、斜面を少し登って、風のかげの窪みにうずくまって寒さをさけた。
幸いにして、テントから近い場所だったので、タ方風が少しおさまり、テントが一瞬下の方に見えたので、転がるように一直線に降りてきたそうだ。
それにしても良かった。この嵐のため、日程をとれなくなり、剣岳は頂上は極めず途中まで行き、帰ることになった。
しかし嵐が少し遅れ剣の岸壁に我々が取付いていたなら、進退窮まり凍死者も出たであろうとぞっとした。それ程ひどい猛吹雪嵐の3日間だった。