第13話 冬山合宿は断食道場
冬山入門としてしばしば遠見へ行った。北アルプス白馬岳からなる連山で、山頂は五龍岳で三千米弱、あまり難しいところはなくトレーニング山行に良い。
合宿のある朝、日帰りで山頂をアタックすべく、リーダーの俺はサブリーダーに行動食を持つように命令した。
小遠見に登りついたので食事にすることにした。冬山では、ハイカロリーをとる必要があり、一日五回位、食事をする。
朝、十時、昼、三時、タ食、というあんばいだ。十時、昼食は寒いところで立って食べるため行動食となる。
行動食とは、たとえば豆もち、ウイロー、魚肉ソーセージ等で、寒くても固くならない、それでいて腹持ちのいい物を用意する。ところが、サブリーダーの出したものは、なんと勘違いいしたか非常食であった。
非常食とは遭難寸前の非常時に備えたもので、ウエハース、チョコレート、ゼリー等で、すぐ消化してしまうものだ。量も一回分としては多くない。
俺はここで引き返そうか、真剣に迷ったが天気も良く決行と決めた。五竜岳の頂上をきわめ、下山のとき、さすがに空腹、フラフラになって、何か落ちていないかさがしながらの下山となった。
ところが正月の遠見、さすがに人が多いらしく、下を見て歩いていると色々食えそうな物が落ちている。一粒の乾しぶどう、スルメのかけら、みかんの皮も拾って食べた。
或るところまで降り、ちょっと展望台になっている所があり。女子大の山岳部と思われるうら若きグループが休んでいた。そのそばに、色々のゴミが捨てられていたが、なんと!その中にニギリメシがあるではないか。
それを見た俺は、つかつかと女子大生の近くまで行ってそれを拾って歩き始めた。彼女達から見えないところまで行ったら、何人もの人にそのニギリメシをたかられた。
ある部員いわく、まさかあそこで女子大生の前でゴミの中からニギリメシを拾うとは思ってもいなかったと感心していた。
無事テントまで帰りついて、洗面器のような大きいコッフェルでモチをゆでて、きな粉をつけてタラ腹食べた。寝そべると口からモチが出てきそうで、体を斜めに立てて俺は満腹の苦しさに耐えていた。
食い物の話のついでに話すが、山屋は食べ物について意地がきたない。出された食べ物は素早く、なるべく多く、自分だけ食べようとする。このため、飯を食いながら、きたない話をする。たとえばウンコの話、ゲロの話等。
これで相手の食欲を落とし、少しでも多く、そして素早く自分だけ食べようとする。
だがその話に慣れた古株は平気でききめは無い。しかし新人にはきくとみえてラーメンを食いながら吐きそうになったやつがいた。
俺は今でも家で食事をするとき、早く多く食べる習慣が抜けず、小皿に分ける手間をはぶいて大皿におかずを盛りつけたときに、女房に、一人何個ずつなどと言われても知らずに多く食べて叱られる。
しかしロボットでもあるまいし、数えながらなんか食べられますかってんだ。