第22話 南アルプスでカーチヤン倒れる
結婚した翌年の五月連休で散々なヨット旅行でも懲りず、さらに一年後、女房も山党に女房に登山靴が重いと、五月の山行をふられた俺は軽いキャラバンシューズを女房に買ってやり、夏の南アルプスヘ連れていくことにした。
折からの長い夏休みに一部の部員は、さらに有給休暇を取り、南の端からの縦走で三伏峠での合流である。
山の上からのトランシーバーが良くとどき、全山縦走隊と鹿塩温泉で連絡が取れた。
予定通りの行動でほっ、とした。バナナが食いたい、とか砂糖が無いとか言ってくる。
バナナはここでは買えないが縦走隊に蟻男という異名を持つNがいることを思いだし、砂糖をここで買足し、多く持っていく。
Nは、コーヒー、紅茶、ミルクと何でも砂糖を人の三、四倍多く入れて飲む男で例えば、コップにコーヒー粉、砂糖をコップに入れると半分ぐらいになる。そしてドロドロした甘いのを何杯も飲む。
俺達は登山道をゆっくり登って行くと縦走隊も待ちかねたか空身で下りてきて合流し、荷役をしてくれる。本当はバナナが食いたかったのかもしれないが、それはおあずけ。
三伏峠でテントを張り合流の喜びを分かち合う。次の日は三伏峠から塩見岳への上りだ。曇っていた空は塩見山頂でとうとう雨になった。本日の予定は熊の平だ。
風はだんだん強くなり前からの雨は吹き上がるようにたたきつけ、しびれるような冷たさだ。塩見岳から二時間ぐらい歩いた所で俺は「今日は、ここで幕営する」と皆に言った。
リーダーの言うことに従う皆も、あと二時間弱で理想的キャンプ地の熊の平へ着けるのに、と不平を言った。
ここは傾斜地でテントを張るのには適さない。しかも水もない。しかし前方からこれだけ冷たい雨にたたかれたら無理と判断したのだ。
ヤッケ(雨具)の顔の部分から雨水が入り全身が濡れる。しかも風が前からだと歩くのにブレーキがかかる。同し条件でも風が後ろからなら歩行を助ける形になるのだが。
はたしてテントを張ったら山に慣れていない女房がバタリと倒れた。もちろん全く食べられない。ポリタンにお湯を入れ女房の体を温め、まんじりともしない夜をあかした。
次の日、天気は晴れたが女房は立てない。もちろん歩けない。前日無理をして歩かせたらどうなったかと、ゾッとした。
稲村と片倉と啓ちやんの三人で交代に女房を担いでくれて、無事に熊の平に着いた。
背負われてきた女房をみた小屋の管理人は、自分たちの部屋を明けてくれた。病人を静かに休ませるための心配りだ。
三畳ほどのその部屋は俺と女房の個室となった。そして管埋人は登山客と大部屋に寝た。
驚いたことに小屋の管理人は生卵をもっていた。熊の平小屋はもちろん食事など出さない本当の素泊まり小屋だ。当時はどこから入山してもここまで丸二日かかる。
小屋の人達は病人の女房のために自分たちの卵を分けてくれた。さっそく卵入りオカユを作って食べさした。
次の日、空はさわやかに晴れわたり、風もない穏やかな朝をむかえた。
皆の温かい助けをかりて女房は歩けるようになった。
やっと北岳山頂にたどり着いた女房は、とうとうやったのね!と、感激しながら山頂にある北岳と書いてある日本で二番目に高い導標をなでていた。