第21話 カーチヤンと山に行きたい
結婚した翌年の五月連休で散々なヨット旅行でも懲りず、さらに一年後、
女房も山党にすべく革の登山靴を入手し、雪の穂高に連れ出す算段であった。
ところが女房は登山靴をぶら下げただけで「重い!私やっばり留守番するわ」と言い出した。ここでいつものように、男ばかりの山行となった。
しかし新婚の女房を、連れてくると言ってたので、格好をつけようとしたKは茶道具を用意するありさまだ。山で茶をたてて、もてなしてくれるつもりだったのだ。
かくて、うすよごれた我々男だけの集団は、穂高涸沢へと向かうのだった。
ところが明神池の近くで、もっとうすよごれた一団に、ぱったり出会った。町の山岳会と槍が岳へ入った会社の山仲間のYだ。
彼らは登頂を終えて下山中なのだ。その彼は、俺とあった最初のあいさつが、おはよう、でもこんにちわ、でもなく、「おお!何か食うものねえか!」だった。もちろんこちらは入山したばかり、食うものはある。
そこで彼はとことこと、涸沢までついてきた。すなわち居候である。涸沢でテントを張り終えた頃、槍からの縦走メンバーからトランシーバーで連絡がとれ、合流した。
その頃も帰る時重いからと、ゴミ捨て場に色々捨てて帰る人もいた。ここでトリス(安いウイスキー)の大ビンを拾った。まだわずかしか飲んでいない。小便でないかと少し嘗めてみたが、まさしくウイスキー。その夜の涸沢は酒盛りとなった。
入山初日の疲れと空気の薄い山では、たちまち酔っ払う。山男は食い物に意地が汚い。いつものように飲み食いの早い俺は、一人でぐいぐい飲んだのだろう。もちろん他人に酌などしない。皆は飲み食いの早い俺のことを職人ではなく食人と呼んでいたのだ。
次の日、起きたら大地は揺れ動き、平らな地平線すら傾いているではないか。つまり二日酔いである。とても山に登れる状態ではない。皆にそこいらにちょっと行ってこいと言って、テントで寝ていた。
この日Yは前穂高の八ッ峰キレットヘ行ったが、一枚岩でボルトでもなけれぱ登れなく進退極まった、と言っていた。
あそこでそんな所は無いはず、どこか間違って入ってしまったのだ。勝は、雪崩に流される始末、さんざんな日であった。俺はこの時から、山へ酒を持っていくことを止めた。